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◆38歳年下の既婚女性の恋人が作曲のエネルギー源だった! [音楽家]

日曜日の朝のNHKラジオではいつもクラシック音楽を紹介している。


いつも床の中で聴いているが、前回、チェコ出身の作曲家、


レオシュ・ヤナーチェクの曲を紹介していた。



ヤナーチェクは、オペラをはじめ管弦楽曲、室内楽曲、ピアノ曲、合唱曲に多くの作品を残したということだが、


オペラ作品は彼の死後、オーストラリアの指揮者チャールズ・マッケラスの尽力によりヨーロッパの外に出て、1970年代以降広く世に知られるようになったとのこと。




ヤナーチェクは、ウィーンからブルノへ戻った後、1881年にズデンカと結婚。


翌1882年8月に娘のオルガが誕生したが、直後に母との同居を望むヤナーチェクに反発したズテンカが、


娘を連れて2年間実家に戻るなど、夫婦関係は不安定だったようだ。




ヤナーチェクのもとへ戻ったズテンカは、長男ヴラディミールを出産したが、ヴラディミールは猩紅熱にかかり、1890年に2歳半で亡くなったという。この長男の死により、ヤナーチェク夫妻の結婚生活は事実上破綻してしまったのだという。




その後、1917年夏、ヤナーチェクはカミラ・シュテスロヴァーという既婚女性と出会い、魅了された。


以降ヤナーチェクは生涯にわたりカミラに対し熱烈に手紙を送り続け、その数は11年間でなんと600通以上にも及んだ。




このカミラという既婚女性はヤナーチェクより38歳年下だったという。ヤナーチェクは、カミラが住む南ボヘミアのピーセクを訪れ、その家に泊まることもあったが、両者に肉体関係はなかったとされるそうだ。


カミラの存在は晩年のヤナーチェクの作曲活動に多大な影響を与え、『消えた男の日記』というジプシーに恋をする連作歌曲は、カミラのことを描いたのだと手紙を送っている。




そして、管弦楽曲『シンフォニエッタ』は、カミラの前で構想が立てられ、


1928年2月19日に完成した『弦楽四重奏曲第2番』(ないしょの手紙)は、カミラへの愛が表現された最後の作品だと考えられている。








私はそうした解説に耳を傾けながら、幸運にもそれらの曲を次々と聴くことができた。





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