So-net無料ブログ作成
医療への道 ブログトップ

◆生れついた現実を受け入れ [医療への道]

自身がゲイの医師であることを公表して性的少数者の医療や福祉の場で活躍されている医師がいらっしゃいます。

人は、好んでそのように生れたわけではない場合もあります。



でも、そのように生まれついてしまったら、そのことを受け入れなければならないことがありますね。


ヨミドクターに掲載されている、


性的少数者の診療所・井戸田一朗医師もそうした方だと思います。



井戸田一朗医師が立派なところは、自らがゲイであることをしっかりと受け止め、


感染症の専門医になり、日本初の診療所「しらかば診療所」を、


2007年に新宿に開設したことですね。



「私自身がゲイの医師であり、性的少数者の医療や福祉、教育を支援する団体AGP(同性愛者医療・福祉・教育・カウンセリング専門家会議)の副代表を務めています。メンバーは性的少数者当事者や、それを支持する人たち、医療・福祉の関係者です」と。


そして、


性的少数者の心や体、家族関係に関する電話相談を以前から行っている中で、、明らかに病院に行くべき状態なのに、医療者からの偏見を恐れて受診できない人が多くいることが分かったというのです。


また、


自分自身のセクシャリティーを受け入れられずに悩んでいる人も多くいることを知り、性的少数者でも、気がねなく受診できる医療機関が必要だと強く感じた、と。




ほんとうに勇気のある立派な方だと敬服します。




☆井戸田一朗(いとだ いちろう)医師
1970年、名古屋市生まれ。岐阜大学医学部卒。
都立駒込病院内科研修医、WHO南太平洋事務局、東京女子医大感染症科などを経て、
「しらかば診療所」開設。共著に「同性愛入門」など。


医療機関と医師




タグ:ゲイの医師
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

◆被災地の医師、「世界で最も影響力のある100人」に [医療への道]

内科医、菅野武(31)さん、

今回、米誌タイムの「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた医師。

目の前の困っている人を助けるという当たり前のことを、震災という受難の中でも続けただけ」と、心境を語った、というニュースをラジオで聴きました。


菅野武さんは、被災地の公立志津川病院に勤務されていたのですね。
2009年4月から2年間、南三陸町の公立志津川病院に内科医として。

大震災の大津波で被害を受けた宮城県南三陸町の公立志津川病院は、
仮設診療所として全9診療科で再スタート、したとのこと。

5階建て病院の4階まで津波で浸水。
病院としての機能は完全に失われ、スタッフや患者さんも犠牲に。


菅野武さんは、
今年4月初めから東北大学の博士課程で学ぶ予定だったが、被災に遭い、予定を延期して4月15日まで町内の避難所に併設された救護所で、治療や全国から来た医療支援チームの調整にあたっていたと聴きました。

被災直後に新しくご長男の誕生を迎え、5月から東北大の大学院に進むご予定とのこと。

☆菅野武 医師
仙台市出身。内科医
自治医科大卒業


※今回は、被災地で貢献され、このたび「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた内科医、菅野武(31)さんについて触れさせていただきました。


健康と美容


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:健康

◆女優 石井苗子(みつこ)さん (55)医療への道 [医療への道]

女優 石井苗子(みつこ)さん (55)医療への道 病が近くにあった

 ☆読売新聞の過去の記事で、女優 石井苗子(みつこ)さん の医療への転身がユニークだと思い、ここに載せてみました。

―故伊丹十三監督の映画「あげまん」の準主役で女優デビューし、テレビキャスターも務めた。―

 芸能活動を続けながら聖路加看護大学を卒業し、東京大学大学院の医学系研究科に進学。看護師・保健師の資格、さらに保健学で博士号もとった。今、心療内科で研修をしつつ、カウンセラーとしての一歩を踏み出した。女優がなぜ、医療の道に。

 「本格的に勉強したい、ずっとそう思っていたんです」

 病は近くにあった。母を卵巣がん、父を胃がんで早くに亡くしている。英語の同時通訳や翻訳の仕事をしていた26歳の時、夜は病院で寝起きをして、母の看病をした。

 「何かしてあげたくても、ただそばにいることしかできなかった」

 高校卒業後は単身で米国に留学した勝ち気な性格だったが、仕事をしていても母を失った悲しみですぐに涙があふれた。ぬれるので髪を短くしたほどだ。その2年後、大企業の関連会社社長を務めていた父が、「家族を頼む」の言葉を残して亡くなった。

 残されたのは、筋肉が衰えていく難病を持つ5歳下の妹と年老いた祖母。それに多額の相続税だった。十分にできなかった両親の看護、将来の妹の介護、現在の不安定な仕事……。

 「医療の道」を思った。



◇身近な家族の死は、人の進路に新たな光を与える場合があるんですね。感動、でした。・・



タグ:医道の選択
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:仕事
医療への道 ブログトップ