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◆100歳からの人生―聖路加国際病院理事長・日野原重明さん! [心と体の健康]

日野原重明さん

・私の生き方 - 白寿を過ぎてからの反省と見通し 私は去る10月4日に満99歳、すなわち白寿を迎え、大勢の方々からお祝いの会をして頂いた。

 誕生日の翌日には、韓国ソウルの金浦空港に降り立った。40年前に私が乗っていた羽田から福岡行きのJALのよど号が富士山上空でハイジャックされ、彼らは北朝鮮平壌(ピョンヤン)行きを命じたが、よど号のパイロットが偽って金浦空港に着陸し、そこで3泊4日間機内に監禁され、やっと4日目に乗客100名が降ろされたのがこの空港であった。

 あの事件から早40年も経ったが、私の第二の人生はそれを契機に「与えられた人生」が始まったのであった。

 この金浦空港の近くにある私立の嘉泉(ガチョン)総合大学の医科学医学校が私に名誉博士号を下さるというので、その式典に招かれ、そのあと、私の長寿のコツについての講演を行った。

 韓国では人が母体から10か月で出産した子どもは満1歳という計算なので、私は韓国では百歳のお祝いに名誉博士が授与されたのである。

 韓国も日本とほぼ同様の少子高齢化が進み、平均寿命は男76歳、女83歳で日本よりも約3歳短命である。日本の女子は世界一の長寿(86歳)であり、男性は79歳で、世界第4位に下がっている。韓国民は長寿に関心が強く、私自身の長寿をもたらせるための食生活や運動、睡眠、遺伝子についての私のデータを開示した。

 少子高齢化は世界では日本が最もこれが早く来ており、韓国が日本に次ぎ、一人っ子政策を続けている中国はその次である。

 フランスや米国では子どもの出生率は日本に比べると、2.02と高く、ヨーロッパではイタリアが一番少子高齢化が進んでいる。今から50年前にWHOや国連は老人の定義を65歳としたが、その頃の日本の平均寿命は68歳であった。1963年の日本人で100歳以上はわずか153人であったが、2010年のデータでは4万4449人が100歳以上となり、いわゆるcentenirian(100歳以上者)は急速に増している。そのうち87%は女子で、男子は13%と少ない。

 しかし問題は日本の100歳以上の者に寝たきり、または高度の介護を受ける人が圧倒的に多いことであり、医療費の高騰の原因ともなっている。そこで、自立した長寿者であるためには、どういう生活をすれば良いかの研究が必要となっている。私はあと1年で100歳になろうとしているが、99歳でもこれという病気がない事から、私の生活の仕方を韓国で発表したのである。

 私のデータについては本欄でも少しずつ明らかにしようと思っている。

 一口でいうと、私は車の生活のために運動不足なので、腹七分、総カロリーは1300~1400キロカロリーにとどめ、特に糖質、デンプン質を制限しつつ、体力維持に必要なタンパク質と脂肪のない肉、豆腐は十分にとり、ビタミンも十分に補っている。ビタミンB中の葉酸はブロッコリー、その他緑の野菜に多く、長寿のビタミンと言われている。


◆日野原重明 聖路加国際病院理事長:
ターミナル・ケア(末期医療・介護)の充実、「患者参加の医療」を提唱する一方で、医師・看護婦の育成、予防医学や健康教育の普及など、現代医療の改善に向けて尽力を続ける。「成人病」にかわる「生活習慣病」という新語の提案者でもある。

 54年には、民間病院として初めて聖路加国際病院に人間ドックを開設し、全国への普及を進めた。94年、日本で初めての独立型ホスピスを開設。2000年、75歳以上の元気な老人のために「新老人運動」を提唱し、高齢化社会にあって注目を集める。その一方で、ベストセラー絵本「葉っぱのフレディ」を音楽劇にするなどの活動も行う。05年に、文化勲章を受章。07年からは、日本ユニセフ協会大使も務める。

 趣味は音楽、読書。座右銘は「平静の心」。

 著書は、「生活習慣病がわかる本」(ごま書房)「〈ケア〉の新しい考えと展開」(春秋社)「『フレディ』から学んだこと」(童話屋)「生きかた上手」(ユーリーグ)など、多数。

(読売新聞記事より)

☆日野原重明(ひのはら・しげあき)
誕生日: 1911年10月4日 山口県出身。
42年、京都帝国大学大学院卒業。
今年、満99歳、数えで100歳を迎えた。
聖路加国際病院理事長

◇人生の模範的先達。クリスチャンドクターのお手本。
齢とっても健康で活躍するのには、自己管理も徹底しておられるものと推測されます。



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