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◆「緩和病棟」を地域に!―がん患者が支える [白血病]

―がん患者が支える
「緩和病棟」を地域に、子どもを失い自分もがんの主婦が運動
 

おとなしいけどひょうきんな4歳のT君の風邪は1か月以上も続いた。病院で検査を受けると、若い女医から説明された。

 「白血病です。一時的に元気になることはあっても、長くは生きられません」

 1979年、今よりも白血病は難しい病気だった。母の山口県下松市、Mさん(61)にとって当時つらかったのは、スタッフが優しくなかったこと。点滴の針がうまく入らず、子どもが泣く。押さえつけて「外泊させないよ」とおどす。

 「病院で亡くなるしかない。少しでも過ごしやすい環境にできないか」

 「この病院では死なせたくない」と、1年で実家のある愛媛県松山市の病院に転院。
医療者は優しかった。それでも、6歳で亡くなったT君の最期の叫びが胸に残る。
「もう、いやー」。体内で起きた大量の出血の痛みだった。

 それから15年後、がんは自分を襲ってきた。47歳で胃がん手術を受け、50歳で再発して胃を全摘。さらに甲状腺がん。

 2回目の胃がんの時は手術後の痛みで家族に当たることもあった。同室の膵臓がんの女性は、じっと身をよじって痛みに耐え、間もなく亡くなった。痛みも死も人ごとではない。そしてT君の叫び――。

 「人間らしく死にたい。痛くなく死にたい。痛みで人格が崩壊した状態で死にたくない」

 2001年、痛みを和らげ、自分らしく過ごせる「ホスピス・緩和病棟」の地域の病院への設置を目的に、「周南いのちを考える会」を設立した。報道されると、家族をがんで亡くした人や患者らが次々に協力を申し出てくれた。

 「みんな心の中で思っていることだったんだ」。主婦の活動は共感を呼び、会員は250人まで増えた。緩和ケア病棟設置を求める署名2万5000人を集めて、山口県に提出。設置要請だけではなく、緩和ケアについて講師を招いた公開市民講座を開催してきた。

 時間はかかったが目的は達成できた。08年12月、地元の社会保険徳山中央病院に緩和ケア病棟25床が誕生。緩和ケア内科部長の伊東武久さん(66)は「これまでにみとったのは400人余り。地域に必要な施設だった。より満足のいく施設にしていきたい」と言う。

 会では昨年から、県立総合医療センター(防府市)で、がん患者がおしゃべりできる「がん患者サロンきらら」を始めた。「病棟ができて良かったという声が届いています。次はサロンの充実です」とMさんは活動を広げている。

(読売・医療大全記事より)

◇癌については分かっていないことが多いと聞く。血液の癌と他の部分の癌とは、同じ原因なのだろうか?

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