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◆裁判員制度施行から1年を経て [裁判員制度]

【新Sあらたにす】-新聞案内人コラム-を読んで

―裁判員制度施行から1年を経て―田中 早苗 弁護士

 裁判員制度の施行から1年を機に、各紙が見ごたえのある特集を組んでいる。

 読売及び朝日新聞は、それぞれ裁判員及び補充裁判員に対し、アンケートを行っているが、裁判員の氏名などが開示されていない中、アンケートを実施するのは大変な苦労だったとおもう。

○被告の更生に関心

 さて、読売のアンケートでは、「判決後よく思い返すことは」との問いに、6割の裁判員が「被告の更生」を挙げており、朝日では、担当している被告が現在どうしているかなどについて知りたいと回答した裁判員が6割に挙がっている(いずれも5月17日付)。

 このアンケートからは、多くの裁判員が、刑罰を課すことに「制裁」、「懲らしめ」を求めるよりも、刑罰は被告人の更生のために必要なものととらえ、被告人の更生を願っていることがうかがえる。

 また、以前よりも執行猶予に保護観察を付ける判決が増えている。保護観察は保護観察官や保護司に定期的に面会して生活の指導などを受ける制度であるが、この増加傾向も被告人の社会での更生を望む裁判員の姿がうかがえる。

 日本弁護士連合会の宇都宮健児会長は、日経新聞のインタビューに「裁判員らが『被告はその後どうなるのか』に高い関心を示したことに、市民感覚の新鮮さを感じる」と話している(21日付日経)。

なぜ、新鮮さを感じたのだろうか。

 実は、あまり、弁護士は矯正施設のことを知らない。多くの弁護士は、司法試験を合格した後の司法修習で刑務所を訪ねたことがある程度で、特に、最近の矯正施設の現状を知らない。弁護士の活動場所は裁判所であり、裁判自体に興味が集中していて、また、おそらく無意識のうちに矯正施設の内情を知らなくても大丈夫だと考えている。

 しかし、判決が出てそれで終わりではないのだ。まさに、その後が、被告人にとっても社会にとっても関心事であり、重要なのだということを裁判員の感想からあらためて思い知らされる。

○情報不足の指摘

 さらに、朝日のアンケートでは裁判中、「被告が今後どうなるか」の情報不足を指摘する声が目立ったとされ、中には、「刑務所でどんな生活を送るかも知らずに意見を言ってしまった」と悔やまれた方もいるという(18日付朝日)。

 こういう声から、裁判員が矯正の実態を知ったうえで判断をしたいという希望を持っていることがうかがえる。

 この点、海外ではどうなっているのだろうか。

 17日、TBSで、フランスの裁判員制度である参審制度について放送していた。

 フランスは、日本の裁判員制度と同様、市民が、事実認定のみならず、量刑も判断する参審制を採用している。フランスでは、裁判員候補者の研修が行われ、その中に刑務所見学が含まれている。20年位前にある裁判長が自主的に裁判員候補者のために刑務所見学を始め、今では全ての重罪裁判所で刑務所見学が行われているという。

 どうして、刑務所見学が実施されているようになったのか。

 ディジョン重罪裁判所レキュイエール裁判長は「かつては、参審員は自分の役割についてほとんど情報を与えられず、そのため開廷中もずっと疑問だらけで本来の役割に集中できなかった。そのことに当時の裁判長は気が付いたのです。刑務所見学の意義は、市民がイメージをはっきりさせた上で判決や量刑を判断できることです」と答えている。

 実際、見学した参審員候補者は「一人で閉じ込められることがこれだけ苦痛だと思わなかった。バカなことをしたら刑務所に入るのは当然とおもっていたが、判断するときはもっとよく考えたい」とインタビューに答えている。

○制度開始後の変化と課題

 また、漫画「家栽の人」の原作者毛利甚八さんは、模擬裁判で裁判員を2回務めたが、そのときの経験から「事実認定は意外に簡単だったが、量刑を考えるのは素人には難しい」と感じたという。実刑か、執行猶予かを判断するには、刑務所での一日の意味を知らないとどちらがいいかわからないと述べている(以上、「私たちは、どこまで知るべきか 裁判員制度開始から1年」報道の魂)。

 今まで、悪いことをした人が入る刑務所の問題などどうでもいいという風潮が世の中にはあったとおもう。しかし、裁判員制度がスタートし、裁判員候補者や一般の方々も刑事政策の分野について関心を持つようになってきた。今後は、それに答える制度改革を望みたい。

◆「田中 早苗 弁護士」の述べた文面を読み、私は裁判員制度の現実が少しだけ見えてきたように思われた。その体験から、6割の裁判員が「被告の更生」を挙げていることは意味深く思われた。これは、犯罪者に対して、単に懲らしめだけを望むのではなく、更生して欲しい、という人間愛の深さからきているものと理解したい。人は、この社会で暮らしていく上で、さまざまな状況に直面して、場合によっては道を踏み外してしまうこともあり得ることが想像できるから、踏み外してしまった場合に、やり直しのチャンスが与えられることが望ましいと思うからだ。
 裁判員制度施行から1年を経たわけだが、今後、より具体的に踏み込んだところから、深い洞察と人間愛によって支えられて行くことを望むものである。社会の変化がめまぐるしく人の心が見失われがちな昨今、人は自らの足元をしっかりと見極めて行かなければならないと思う。足元をすくわれないように、理性と感情を豊かにして。

タグ:裁判員制度
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