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◆赤道直下のボルネオで福祉 [ボランティア]

ボルネオで福祉活動をしている人がいる、という記事を新聞で読んだ。
私も学生の頃一年近く身心障害者の施設に入り込んで仕事をしたことがある。
ホームの敷地内の空き地に穴を掘り、施設内で不要になったものを燃やしたり、埋めたりした。
毎日の日課は寮生(施設への入所者をそう呼んでいた)の食後の食器洗いだった。

ボルネオでの仕事はそんな甘いものではないだろう。
建築現場でスコップを手にセメントをこねたり、あのドロドロの重いものを腰を気遣いながらバケツで運んだりというバイトや、子供の頃、父の山仕事を手伝った経験に近いものだと思うのだ。切り倒した生木を担いだり、山から家まで杭を打った丸太を運んだりというようなものに近いと。やせぽっちの私には、ほんとうに辛いものだった。

かつては、日本が統治したことのあるボルネオ。気温はゆうに30度を越える中、ボランティアたちは何度も水溜りに落ち、汗と泥にまみれる。

赤道直下のボルネオ島で、先住少数民族の障害者のため、日本人が中心になって設立した福祉施設が開所したという。

福祉という考えが定着していない現地で、この施設造りを勧めて来たのは、元厚生省障害福祉専門官の中沢健(67)さん。父親がボルネオで戦死したことが、この地に関心を持つきっかけになったという。

奥様と3年余かけて少数民族が集団で暮らすログハウス(長屋)を訪ね歩き、障害者の調査を続けてきた。
あるロングハウスの長い廊下に作られた小さな柵の中で小さい少女の暗くおびえた表情を見たという。当時13歳の少女は発育不良のため歩けず、重度の知的障害だった。
中沢さんは決意したという。「この子を是非ここから出さねば」と。

マイケルさんやイバン族の協力を得て、施設用の土地を譲ってもらい、2年かけ、第4、5回讀賣海外ボランティア派遣団など日本から建設支援を受け、善意の結晶で今年9月に正式オープンさせたという。

その少女が、最初の通園者となり、初めて外出することが出来た、と。毎朝、祖母(58)に抱きかかえられ送迎バスで通ってくる。
「ムヒバに行くまで、あの子には何もなかった。でも今は笑うようになったし、水、おじいちゃん、と言葉も発するようになった。ムヒバの存在は地元でも浸透し、理解者も増えている」と、祖父(59)は力強く話す。

通園者は、食事を含めすべて無料。前日のムヒバでの昼食以後何も食べていない人もいて、日本のボランティアの倍以上食べる通園者もいた、と。休み明けの月曜は2、3割多めにご飯をたいている。現金収入は少なく、まだ電気も来ていない。

滞在したロングハウスは、16家族。約100人が長い屋根の下で共同生活をしている。遠来の客をどこでも歓迎し、米で作った自家製の酒トゥアクや赤く実った果物ランブータンをすすめてくれた。大きな作業は共同で行い、子供たちも兄弟に関係なく仲が良い。

日本では忘れかけている人の温かさや共存という言葉を、東京から来た看護師さんは感じたという。
時間がゆったりと流れ、緑豊かな地に暮らすイバン族の人たちの「もてなしの心」がそこにはある。

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